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その他故松平康隆氏お別れの会

20111231日に永眠した公益財団法人日本バレーボール協会名誉顧問松平康隆氏のお別れの会を、39日に山葬儀所(東京都港区)にて行いました。

 

会場には、バレーボールのボールやネットをイメージした祭壇が設けられ、全日本男子チーム監督としてミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した、当時を振り返る写真パネルなどが展示されました。

 

一般献花に先立ち行われた式典で、竹田恆和公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)会長が「多くの方が故人の旅立ちを深く悲しんでいます。故人は、日本人として国を愛し、日本人の誇りを持った方でした。故人の厳しい顔、優しい顔、そして楽しい顔は忘れられません。どうぞ安らかにお休みください。天国でいつまでも見守ってください」と追悼の辞を述べました。

 

国際バレーボール連盟(FIVB)のウェイ・ジジョン会長は「松平氏は、選手から監督、そして最終的には日本、アジア、国際的レベルの役員として、人生の全てをバレーボールに捧げた人でした。FIVB20世紀世界最優秀男子監督賞を受賞するにふさわしい功績を残しました。またそれだけではなく、ヨーロッパのチームが表彰台を独占していた時代に、日本人の体格にあった東洋のプレースタイルを考案しました。すべてを与え、自分が得るものはほんの少しという、自身の道徳哲学に則り率いた松平氏は、人生の友であり、これからも私たちの記憶の中に生き続けるでしょう」と、バレーボール界の発展への功績の大きさを振り返っていました。

 

生前親交の深かった石原慎太郎東京都知事は「東京オリンピックで男子チームは銅メダルを獲りましたが、注目を集めたのは金メダルを獲った女子チーム。松平さんはその悔しさを胸に秘め、よしやるぞ、とミュンヘンでは奇跡の逆転で金メダルを獲りました。バレーに限らず、日本のリーダーがどうあるべきか、まず目的をたて、戦略を踏まえて実行する、松平さんのような方を今日本は求めています。天国から、若い世代を叱咤激励してほしい」と語り、ミュンヘンオリンピックでコーチを務めた中野尚弘氏は「ミュンヘンから40年がたちますが、当時の体育館の張りつめた空気、ミスを許さない松平さんの厳しい声が今も脳裏に焼き付いています。ミュンヘンでは、もう後がなくなった時、『あと2時間コートに立っていたら勝てるから』という一言をかけてくださり、松平さんの選手への絶対の信頼が金メダルをもたらしました。そしてコートから離れると、本当に温かく、思いやりに溢れ、父親のような存在でした。先に逝ったメンバーと、天国でバレー談義に花を咲かせていることでしょう」と、松平氏の人柄を偲んでいました。

 

中野泰三郎本会会長は「故人は、厳しさの中にも暖かさがある、バレーボール界、並びにスポーツ界の素晴らしいリーダーでありました。バレーボールの発展に多大な貢献をされ、日本のみならず海外の多くの指導者からも慕われておりました。故人は最期に『バレーボール一筋の人生を終わられて非常に幸せでした。やるべきことは全部できましたし、思い残すことは何もない人生でした』との言葉を残されました。ここに故人が生前、皆様方から頂きました御厚情に対し、心より感謝申し上げます」と謝辞を述べました。

 

 

生前交流のあったバレーボール係者ら約1000名が献花し、それぞれ故人とのお別れを惜しんでいました。


写真

  • 献花する竹田JOC会長[左]、中野JVA会長[右]
  • 石原慎太郎東京都知事

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